1: 樽悶 ★ 2026/08/23(日) 13:07:55.70 ID:/KO1hAXT9「邪馬台国」や「卑弥呼」と聞いて、「なぜ『邪』『卑』のような、悪い意味を持つ漢字が使われているのか」と疑問に思ったことはないだろうか。歴史好きの間では、中国が日本を見下し、あえてこうした漢字を選んだという説がたびたび語られてきた。ところが、古代中国の発音辞典『広韻』を手がかりに音訳に使われた漢字を調べてみると、意外な事実が見えてくる。「邪」や「卑」は、日本を侮辱するために選ばれたのではなく、音を表すために選ばれた可能性が高いというのだ。いったい、どういうことなのか。※本稿は、日本漢字能力検定協会編『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(マガジンハウス)の田中郁也執筆部分を抜粋・編集したものです。
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当時の日本の固有名詞を漢字で表した「邪馬台国」や「卑弥呼」といった名前には、わざと「邪」や「卑」といったよくない意味を持つ漢字が使われている。中華思想(世界の中心は中国であり周辺には野蛮人が住んでいるという思想)が背景にあるのでこのようによくない意味の字が使われているのだ。
中華思想(華夷思想)は小中学校の授業でも習う有名なもので、一見すると、その正しさについて特に深く考える必要もなさそうなのですが、この話には実は反論があるのです。
その反論とは故・尾崎雄二郎氏(京都大学名誉教授)によってなされたものです。その反論の主旨を理解するため、まずは前提となる知識を簡単に説明しておきましょう。
■古代中国では音節ごとに代表となる漢字があった
古代中国には「韻書」と呼ばれる辞典のジャンルがありました。五十音順に見出し語を並べる現代の国語辞典がそうであるように、発音によって各字を配列し、発音や意味を解説したものです。
古い時代の中国語の発音については、今から約1000年前の1008年に作られた『広韻』という韻書が残っていることによって、非常に正確に発音やその枠組みを知ることができます。
『広韻』は1008年に作られたものですが、それよりも約400年前に作られた『切韻』(601年)という韻書の枠組みをほとんど変えることなくそっくり写し、字や字の解説を増加させたものなので、『広韻』を分析してわかるのは隋唐時代の中国語の発音とその枠組みであるということになります。
その発音引き辞典『広韻』には26000字もの字を収録していますが、それらは同じ発音の字ごとにまとめられて掲載されています。
漢字は1文字が1音節なので、同じ発音とはつまり同じ音節であることを示しているのですが、その同じ音節ごとに字をまとめるとなんと3800以上のグループができます。
つまり、当時の中国語の音節数は3800以上もあったということで、現代日本語の音節数が120程度と見積もられていることから考えると圧倒的な音節数です。
ともかくも、その同じ発音、つまり同じ音節のグループのことを専門用語では「小韻」と、そしてそのグループの冒頭にあげられた漢字のことを、「小韻代表字」と呼びます。
■「卑」と「邪」は音で選ばれた
さて、尾崎氏によって提示された「邪馬台国」「卑弥呼」にはわざとよくない字が使われているという説への反論は次のようなものです(注1)。
いわゆる「魏志倭人伝」(注2)には当時の日本の固有名詞が「卑弥呼」「邪馬台国」などと漢字で音訳されている。その音訳に使われた漢字66字のうちの53字が、韻書『広韻』(宋・陳彭年ら、1008年)の小韻代表字であり、その割合は約80%である(図1)。
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実際に「卑」と「邪」はいずれも『広韻』で同じ音の漢字をまとめたグループの先頭におかれる「小韻代表字」でした。
そして、韻書を作るという作業を想定すると、韻書の小韻代表字には編者が思い出しやすい字、つまり常用字が挙げられやすかったはずだ。そうすると、魏志倭人伝に使われた音訳字には、常用字が選ばれただけであったということになる。日本の固有名詞を漢字で表すのに、わざわざ悪い意味の漢字である「卑」や「邪」を選んだというわけではなく、そこに日本をさげすむ意図を読み取ることはできない(注3)。
当時の一大先進地域である中国大陸から見ると、倭国を含むその周辺国家が文化的に大変遅れた地域であったことは疑うべくもありません。
彼らに日本を馬鹿にする気持ちが全くなかったとは思いませんが、この論文で提示された通り、少なくとも音訳に使われた漢字からは、その馬鹿にする気持ちを読み取ることはできないのではないかと思われます。(以下ソース)
2026年8月21日 17:30
https://diamond.jp/articles/-/396935
2026/08/22(土) 23:55:22.28
https://asahi.5ch.io/test/read.cgi/newsplus/1787437381/引用元: https://asahi.5ch.io/test/read.cgi/newsplus/1787458075/
じゃあ中国は?
>>20
朝廷は渡来人側で縄文系が多い東北や九州は蝦夷や熊襲や土蜘蛛と呼ばれ攻撃されたんだよ
蝦夷や熊襲や土蜘蛛と言った>>1みたいな悪い文字を当てるところなんかみたら
和人の朝廷はまんまミニ中国だよ
朝廷に従わず敵対する勢力を魔物扱いするのと、親魏倭王の国を悪くいうのは違うだろ
いまやじゃないよ
聖徳太子ですら既にそう思ってたわけで
低俗な風俗産業も必ず東京から生まれるし、東京は眉をひそめることが多すぎる。
東京人には道を造るにも公共用の土地を提供する気持ちがまったくない。
言葉は悪いが東京はタンツボだ。
製鉄技術、海洋民族、巨大墳墓等、全てが合致する。
その後、吸収された出雲とは違い、ヤマト王朝に同化されたため、記紀には記載されない隠された王朝になった。
現代日本人から見たジャングル奥地の土人みたいな物か
南蛮 北狄 東夷 西戎
邪や卑に侮蔑の意味がなかったなどと言うのはホルホルし過ぎという気がするが、別に自慢にはならんな
あと邪馬台国をローマより劣っていたとか馬鹿にするのは、現在の発展途上国全体に対する差別だからな
中国は他者を馬鹿にして足元を救われるパターン
今も海外にでてコテンパンにされて帰っていくものね
かしこい猿って認識じゃね
猿も文字は持ってないし
>>19
オモシロ畿内説まとめ
Q:奴国から南に向かって畿内に着くのは無理でしょう?
A:そんなん知らへん!!
Q:東の海の先に倭種の国があるそうですね?
A:知らんのや!!
Q:三角縁神獣鏡ってシナでは出ないのに、どうして畿内からはザクザク見つかるのですか?
A:知ったこっちゃおまへん!!
Q:畿内のどこに倭国大乱の跡があるのですか?
A:知らんがな!!
Q:纒向遺跡から馬具が出ましたよね?
A:知らんちゅうとんねん!!
Q:吉備国や出雲国を通らずどうやって畿内に入るのですか?
A:知らへんのや!!
Q:帯方郡から12000里だと畿内に届かないのでは?
A:知らへんゆうとるやろが!シバくぞ!
Q:本当に畿内に邪馬台国があったんですか?
A:あったで(ドヤッ
Q:ではその証拠は?
A:知らへん!!知らんがな!!知ったことかいな!!
卑弥呼共立時の180年頃の纏向は原野なので卑弥呼の住む家すらありません、つまり纏向は卑弥呼共立とは無関係です。
コレがユーラシア大陸最古のホモ・サピエンス、
日本人によって営まれた。
我々日本人が世界の歴史の中心なのだよ。
文明の意味分かってんのかね
ジヤップには文字すらねえのにw
日本古語は出アフリカ語であり
中東古語の1つである事が分かっている。
日本語こそが世界の言語の最初の言葉だ。
馬鹿にしてたというか眼中にない
卑弥呼は日の巫女
倭は和
だろうが
蒙古の原語は何なの?
卑弥呼は朝貢だけで何も貢献していない
邪馬台国と違い、匈奴や鮮卑は貶められる存在ではないです
中国は世界共通でシナよ
それこそ畿内説最大の弱点
「それヤマト政権の遺物じゃね?」
この時代のミコ(ミコト)は単に尊号じゃねーかな
卑弥呼共立時に奴国と畿内が密接だった証拠は無いので畿内説は破綻している
古代シナ土民と感性が変わらないごみぱよ
そもそも中原の支配者が代わる度に歴史を
都合のいいよーに塗り替えてきたシナの史書
なんて信用出来ん
邪馬台国も卑弥呼も日本の史書には存在
しないんだから中国の捏造よ
痕跡も見つからんしシナチクの妄想だろ
願望?www


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